HISTORY朝日航洋の歴史

朝日航洋の軌跡

不可能を可能に 魔の山「富士山」に挑む

設置工事の様子

世界の気象観測史上、類を見ない快挙とされた、富士山頂気象観測所の建設工事。 日本列島を台風から守るため、標高3,776メートルの富士山頂に重さ600キロの巨大レーダーを設置することは、常識破りのプロジェクトでした。 富士山頂付近は乱気流が渦巻く世界有数の危険空域であることに加え、高山病をはじめとする多くの困難が山積していました。 それだけに、特に工事のスピードが求められ、ヘリコプターは大きな活躍を果たしました。

1963年、当社(当時社名:朝日ヘリコプター株式会社)はシコルスキーS62Aを投入し、このプロジェクトに参加。 地上では900キロを吊り下げるこの機体も、3,700メートルの高地では600キロを吊るのは理論上不可能でした。 しかし、『不可能を可能にしたい』――この思いを胸に、運命の設置工事に臨みました。

8月15日7時40分、晴れ上がった青空に向け、富士宮へリポートから軽量化の為ドアも副操縦士席も外したS62Aはドームを吊ったまま舞い上がり、見事、8時13分、設置完了。 以来、1999年に35年間の役目を終えるまで、日本の国土全体を「台風監視の砦」として休みなく見つめ続けました。 設置当時の情熱と諦めない精神は、今でも当社クルーの根底にあり続けています。

未経験の連続だった 青函トンネル構内測量

トンネル構内測量

かつては本州と北海道を結ぶ移動手段として青函航路(青函連絡船)が運航されていましたが、事故など航路の安定が脅かされる事態が相次いで発生。そこで1964年、津軽海峡の海底を貫く総延長53.85Kmの海底鉄道トンネル「青函トンネル」の建設が本格的に開始されたのです。

当社は渡海三角測量および渡海水準測量、坑内測量に従事しましたが、いずれも困難の連続でした。特に坑内測量では、トンネル勾配1000分の12のすり鉢型で、海底部の延長が23.3Kmあるところを、貫通誤差10センチ以内に抑える必要があり、格段に高い精度が要求されました。

そしてようやく迎えた1985年3月、世界最長となる青函トンネルが開通しました。当社にとって、海底トンネル特有の測量技術を得たことはもちろん、世界各国から評価されたこの土木工事の一端を担えたことは大きな自信となっています。

トンネル構内測量

これから、そして未来

皆様から信頼される
”ドクターヘリ・システム”の確立

朝日航洋はドクターヘリ・システムの構築に黎明期より携わり、その実績と安全性で高い信頼と評価を得てきました。 ドクターヘリ事業において第一に必要なことは、「安全運航の継続」です。そして基地病院や消防機関の皆さんをはじめ、国土交通省航空局、厚生労働省、地方自治体など関係の方々としっかり連携を図ることが大切です。運航開始以来、2009年9月で無事故出動1万回を迎えられたのも、これらの連携が活きているからこそと言えます。

ドクターヘリ

今後、一挙に多くのドクターヘリ基地を増やすことは難しい状況ですが、現在ドクターヘリが導入されていない地域の皆さんにとっては「なるべく早い時期に」というご希望やニーズがあると思います。そのような皆さんからの声に安全かつ確実に応えるため、当社はこれからも質の高いドクターヘリ・システムをご提供し、命を救うドクターヘリを安全に飛ばすことに全身全力を注いでいきます。

災害に負けない
安全・安心な街づくりをめざす

標高

砂防・河川・海岸・道路・鉄道・・・など、私たちの生活に密着した場所での災害が増えています。朝日航洋では、航空レーザー測量により地形や地物を的確に捉え、取得データを解析することで水害・土砂災害などの防止・二次被害軽減に向けたさまざまな対策をご提案しています。

例えば、2007年に発生した「新潟県中越沖地震」や2011年に発生した「東北地方太平洋沖地震」さらに2014年の「広島県豪雨災害」では、当社は災害発生後すぐに被災地の航空レーザー測量を実施。計測したデータを解析し被災状況をいち早く把握することで、二次被害の軽減などに役立っています。

また、災害発生後だけでなく、三次元計測・解析技術を用いたシミュレーションも行い、災害に負けない安心・安全の街づくりの実現や、防災ワークショップの企画・運営を支援したり、防災学習教材の作成等のお手伝いを通じて、社会貢献を目指しています。